ニューヨークでの生活
ニューヨーク滞在5日目くらい。とってもいいところです。ニューヨークを闊歩している若者は、ロンドンの街中で会った若者達に比べて気取っておらず、美女がバナナ食いながら通勤してたり、地下鉄の中で豪快に笑っていたり、いい意味で力の抜けた気を遣わない街です。ぼくの大好きなラコステのお店も、日本であれば、入った瞬間店員が寄ってきて人見知りのぼくは過呼吸になりまけるのですが、ニューヨークでは、店員同士の私語が絶えなかったり、店員が店内のBGMに合わせて大声で熱唱していたりするので、商品を手に取ったり試着をするのにもほんとうに気を遣いません。逆にこちら「試着してもいいですか?」と聞いてしまうくらいで、そんなときも「君はなにを言ってるんだい?freeだよ!No probrem!」との返答が頂けるので、服を買いにくるたびにつきまとう一つの大きな不安を全く感じず、とても楽です。
ビバリーヒルズ青春白書という映画でみた、あの人々のアホっぽさと言いますか、クレイジーな感じもそのまんまで、あれが演出でなくてほんとうの現実なので驚いています。こんなに気を遣わない大都会があったのか。この身なりで大須は歩けるが栄は歩けないという名古屋人の誰もが持つ種類の羞恥感覚は存在せず、セントラルパークでランニングしたそのままの格好のオッサンが、世界三大金融街であるウォール街のあたりをうろついていても不思議となんの違和感も感じないところが、この街の魅力なのかなぁと思ってしまいました。
ぼくは世界各都市を歩いているとき、面白いと感じて観察し続けてきたものがありました。それは、タクシーです。日本ではたいていクラウン、しかし地球の裏側ブラジルへ行くとシボレーかフィアットのセダン、はたまたフィンランドはベンツだったり、かと思えばスイスもベンツだったりするのですが、このニューヨークの主流はフォードのSUV。なんでタクシーなのにSUVなんだよ、アホだなぁ…と笑ってしまったのですが、こうゆう要所要所気取るべきところをハズしてくる点こそが、ニューヨークを気の遣わない大都会たらしめている所以なのかもしれないな、と思ったりしました。
ぼくは内気な少年で、どれくらい内気かと申しますと、滞在中のユースホステルで、まさにビバリーヒルズ青春白書で週末の晩に行われていたようなパーティーが開催されているのに関わらず、昼間のLEGOショップで購入したブロックカレンダーを一人暗い部屋のベッドでこそこそと組み立て作業を楽しんでいるほど内気であります。日本の友達からの「せっかく海外なんだから社交的にいけ」のアドバイスに対しても、最近は「それでも縁があればどこかでつながるはずだ、つながらんということは縁がなかったんだ、現に友達は増え続けている」という上手な言い訳を思いつくようになってしまったため、対処のしようがないようです。
というわけで、ニューヨーク滞在中、毎日毎日6時間前後ニューヨークのいろいろな街を歩きに歩き、今日はしゃべる元気もないほど疲労したのだという顔をしてユースホステルの8人部屋に帰ってくることが日課になっています。ニューヨークは、ユースホステル内に限ってはベーグルとコーヒーの朝食が200円以下で食べられ、また、移動に関しても、1週間地下鉄・バス乗り放題のパスが3000円以下で購入できます。ニューヨーク市内の移動は地下鉄とバスで完璧に事足りますから、かなり格安感があります。また、さすが移民の街だけあって、世界中の料理が大して高くない値段で食べられます。例えばぼくはユースホステルの目の前にある出前専門の中華料理に通っており、ここでは焼きそば、チャーハン、麻婆豆腐が500円前後で食べられますから、下手をすれば東京、いや、名古屋より安い値段で食事ができるのかもしれません。間違っても、ロンドンのように糞がつくほどまずい食事に法外な金額を負担せねばならないことは一切ありません。あそこはユースホステルの朝食が700円するだけでなく、地下鉄も初乗りが1000円近くしますから、街全体を詐欺と呼ばざるを得ず、ぼく自身ロンドンを思い出すと少々吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えております。物価だけをみればそれ以上だったフィンランドやスイスは、それぞれ払う価値が伴っていたせいか、物価高のハードルを乗り越えて夏にもう一回行ってやりたいと思わせるほどですから、不思議でなりません。
ニューヨークがこれほど素晴らしいと思わせる大きな要因が別にもう一つありまして、それが旅人にとって生命線となってくる「Wi-Fi環境」であります。ユースホステルにしろ、スタバにしろ、電波が常に3本立っていて、ときどき2本になってしまうということがない。ぼくは旅の最中ずっとこの電波の本数には神経を使ってしまいました。ああ2本になってしまった。ここは電波が不安定なのだ。ああ1本になってしまった。今まさに電波が断絶してしまうのではないか。という具合です。しかし、このニューヨークは、一貫して3本を保ち続けており、ふらふらと本数の間をさまようことがありません。さらに公園や路上でもつながることが多く、この衝撃は香港以来です。が、同時に、旅の終わりが近づくとともに、事前に調べておかなければいけない事柄が確実に減っていることも痛切に感じ、少し寂しい思いもあります。次の滞在先の治安、気候、物価、安宿情報、そういったものをもう調べる必要がないんだ。それもWi-Fi環境が最強になってきたときに限って。これには笑ってしまいます。ひととおり笑ったあと、寂しさが襲ってきます。が、実は、一方で、旅の終わりがニューヨークで本当に良かったと思っています。
やはり世界を代表する大都会だけあって、ビジネスマンの表情は凛としており、一流店の数も半端なものではありません。さらに、他の世界各国のユースホステルに比べて宿泊費が高いため、だらだらと長期間漂い続ける旅人の姿が皆無なのです。むしろ都会の大学に通う学生に近い雰囲気を持った、興味津々で洗練されたみずみずしい健全な旅行者ばかり。この環境は、帰国後すぐに会社の代表として俊敏に動きならねばならないぼくにとって、最も適切なネクストバッターズサークルのように思えました。「家に帰るまでが遠足」どころか、「ニューヨークに着くまでが旅だった」と思っていい加減なのかもしれない。旅はメキシコで終わったのだ。ニューヨークは、仕事の研修として来させてもらっているのだ、と。
ビバリーヒルズ青春白書という映画でみた、あの人々のアホっぽさと言いますか、クレイジーな感じもそのまんまで、あれが演出でなくてほんとうの現実なので驚いています。こんなに気を遣わない大都会があったのか。この身なりで大須は歩けるが栄は歩けないという名古屋人の誰もが持つ種類の羞恥感覚は存在せず、セントラルパークでランニングしたそのままの格好のオッサンが、世界三大金融街であるウォール街のあたりをうろついていても不思議となんの違和感も感じないところが、この街の魅力なのかなぁと思ってしまいました。
ぼくは世界各都市を歩いているとき、面白いと感じて観察し続けてきたものがありました。それは、タクシーです。日本ではたいていクラウン、しかし地球の裏側ブラジルへ行くとシボレーかフィアットのセダン、はたまたフィンランドはベンツだったり、かと思えばスイスもベンツだったりするのですが、このニューヨークの主流はフォードのSUV。なんでタクシーなのにSUVなんだよ、アホだなぁ…と笑ってしまったのですが、こうゆう要所要所気取るべきところをハズしてくる点こそが、ニューヨークを気の遣わない大都会たらしめている所以なのかもしれないな、と思ったりしました。
ぼくは内気な少年で、どれくらい内気かと申しますと、滞在中のユースホステルで、まさにビバリーヒルズ青春白書で週末の晩に行われていたようなパーティーが開催されているのに関わらず、昼間のLEGOショップで購入したブロックカレンダーを一人暗い部屋のベッドでこそこそと組み立て作業を楽しんでいるほど内気であります。日本の友達からの「せっかく海外なんだから社交的にいけ」のアドバイスに対しても、最近は「それでも縁があればどこかでつながるはずだ、つながらんということは縁がなかったんだ、現に友達は増え続けている」という上手な言い訳を思いつくようになってしまったため、対処のしようがないようです。
というわけで、ニューヨーク滞在中、毎日毎日6時間前後ニューヨークのいろいろな街を歩きに歩き、今日はしゃべる元気もないほど疲労したのだという顔をしてユースホステルの8人部屋に帰ってくることが日課になっています。ニューヨークは、ユースホステル内に限ってはベーグルとコーヒーの朝食が200円以下で食べられ、また、移動に関しても、1週間地下鉄・バス乗り放題のパスが3000円以下で購入できます。ニューヨーク市内の移動は地下鉄とバスで完璧に事足りますから、かなり格安感があります。また、さすが移民の街だけあって、世界中の料理が大して高くない値段で食べられます。例えばぼくはユースホステルの目の前にある出前専門の中華料理に通っており、ここでは焼きそば、チャーハン、麻婆豆腐が500円前後で食べられますから、下手をすれば東京、いや、名古屋より安い値段で食事ができるのかもしれません。間違っても、ロンドンのように糞がつくほどまずい食事に法外な金額を負担せねばならないことは一切ありません。あそこはユースホステルの朝食が700円するだけでなく、地下鉄も初乗りが1000円近くしますから、街全体を詐欺と呼ばざるを得ず、ぼく自身ロンドンを思い出すと少々吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えております。物価だけをみればそれ以上だったフィンランドやスイスは、それぞれ払う価値が伴っていたせいか、物価高のハードルを乗り越えて夏にもう一回行ってやりたいと思わせるほどですから、不思議でなりません。
ニューヨークがこれほど素晴らしいと思わせる大きな要因が別にもう一つありまして、それが旅人にとって生命線となってくる「Wi-Fi環境」であります。ユースホステルにしろ、スタバにしろ、電波が常に3本立っていて、ときどき2本になってしまうということがない。ぼくは旅の最中ずっとこの電波の本数には神経を使ってしまいました。ああ2本になってしまった。ここは電波が不安定なのだ。ああ1本になってしまった。今まさに電波が断絶してしまうのではないか。という具合です。しかし、このニューヨークは、一貫して3本を保ち続けており、ふらふらと本数の間をさまようことがありません。さらに公園や路上でもつながることが多く、この衝撃は香港以来です。が、同時に、旅の終わりが近づくとともに、事前に調べておかなければいけない事柄が確実に減っていることも痛切に感じ、少し寂しい思いもあります。次の滞在先の治安、気候、物価、安宿情報、そういったものをもう調べる必要がないんだ。それもWi-Fi環境が最強になってきたときに限って。これには笑ってしまいます。ひととおり笑ったあと、寂しさが襲ってきます。が、実は、一方で、旅の終わりがニューヨークで本当に良かったと思っています。
やはり世界を代表する大都会だけあって、ビジネスマンの表情は凛としており、一流店の数も半端なものではありません。さらに、他の世界各国のユースホステルに比べて宿泊費が高いため、だらだらと長期間漂い続ける旅人の姿が皆無なのです。むしろ都会の大学に通う学生に近い雰囲気を持った、興味津々で洗練されたみずみずしい健全な旅行者ばかり。この環境は、帰国後すぐに会社の代表として俊敏に動きならねばならないぼくにとって、最も適切なネクストバッターズサークルのように思えました。「家に帰るまでが遠足」どころか、「ニューヨークに着くまでが旅だった」と思っていい加減なのかもしれない。旅はメキシコで終わったのだ。ニューヨークは、仕事の研修として来させてもらっているのだ、と。
チチェンイッツァ
メキシコについてます。せっかく世界遺産のチチェンイッツァに来たんだけど、さっき食べたタコスに辛いやつをつけすぎたらしく、お腹の調子が悪いので早めに退散です。滞在中のメキシコ・カンクンはとてもいいところです。着色料か!と突っ込みたくなるほど青い海は、完全におれ世界をなめてたなぁと実感です。でも、ビーチにうっさい音楽がかかってたりするあたり、やっぱり沖縄の静かな海が恋しくなります。でも、ところどころ沖縄と似ているところがあって、少し親近感。それは、気候や海の色に関するハナシを除いても、似ているところがあるのです。
特に顕著だったのは、カンクンが、ばっちりお化粧をして見繕った完璧なる観光地ではなく、住民が営む生活感のあふれた観光地だったこと。すなわち、観光エリアであっても、大型スーパーがあったり、薬局があったり、ホームセンターがあったりして、どのお店も観光客と住民を意識したつくりになっていたのです。そこに住む人々の生活の息づかいを垣間見ることこそが旅の醍醐味だと感じるぼくにとっては、歩いていても、バスに乗っていても、いちいち楽しかった。まるで、一大観光地であるアメリカンビレッジに隣接してジャスコとメイクマンが存在する、北谷町美浜のようなつくりではないですか。ぼくはこういう街が大好きです。また、その大型スーパーというのが、COSTCOやウォルマートなどの米国系のスーパーだったことは、いよいよ今回の旅の最終経由地であるアメリカが目前迫っていることを痛切に実感せざるを得ませんでした。
また、多くの「南国」と称される観光地とカンクンとの違いを決定づける点がありました。それは、カンクンの晴天率の高さです。一般に「南国」と呼ばれる地は、一年の中で乾季と雨季に別れていたり、一年を通して高温多湿の性格をもっていることが多いのですが、このカンクンは
今調べてみたら、結構スコール多いらしいわ。えーと、他には物価がそれほど高くなかったり、ビール大国だったり、テキーラが安かったり、イスラムへーレスと呼ばれる離島に1000円で往復できたり、日本人には馴染みがないけれどもとってもいいところです。沖縄に海が静かすぎてツマランと感じるラテン系のノリの持ち主は、沖縄の悪口を言う前にイスラムへーレスへ島流しにしたいですね!以上!
特に顕著だったのは、カンクンが、ばっちりお化粧をして見繕った完璧なる観光地ではなく、住民が営む生活感のあふれた観光地だったこと。すなわち、観光エリアであっても、大型スーパーがあったり、薬局があったり、ホームセンターがあったりして、どのお店も観光客と住民を意識したつくりになっていたのです。そこに住む人々の生活の息づかいを垣間見ることこそが旅の醍醐味だと感じるぼくにとっては、歩いていても、バスに乗っていても、いちいち楽しかった。まるで、一大観光地であるアメリカンビレッジに隣接してジャスコとメイクマンが存在する、北谷町美浜のようなつくりではないですか。ぼくはこういう街が大好きです。また、その大型スーパーというのが、COSTCOやウォルマートなどの米国系のスーパーだったことは、いよいよ今回の旅の最終経由地であるアメリカが目前迫っていることを痛切に実感せざるを得ませんでした。
また、多くの「南国」と称される観光地とカンクンとの違いを決定づける点がありました。それは、カンクンの晴天率の高さです。一般に「南国」と呼ばれる地は、一年の中で乾季と雨季に別れていたり、一年を通して高温多湿の性格をもっていることが多いのですが、このカンクンは
今調べてみたら、結構スコール多いらしいわ。えーと、他には物価がそれほど高くなかったり、ビール大国だったり、テキーラが安かったり、イスラムへーレスと呼ばれる離島に1000円で往復できたり、日本人には馴染みがないけれどもとってもいいところです。沖縄に海が静かすぎてツマランと感じるラテン系のノリの持ち主は、沖縄の悪口を言う前にイスラムへーレスへ島流しにしたいですね!以上!
ピ
1時間という、もう戻ってこない一生の中の貴重な時間をかけて書いたブログが消えたから、もうタイトルの「ピ」で、言いたかったことを全部悟ってください。。。
ブログ消えそうなら「消えそうだよ!」って一声かけて欲しいし、スカイプも切れそうなら「切れそうだよ!」って一声かけて欲しい。知らんでるまに切れてるの知らなくて独り言しゃべってたときの無常感ったらない。ついでにWiMAXも電池切れたなら「切れたよ!」って一声かけて欲しい。100歩譲って「ピ」ぐらいゆえ!っていう意味の「ピ」です。クスコは美しい街でした。さようなら、さようなら。。。
ブログ消えそうなら「消えそうだよ!」って一声かけて欲しいし、スカイプも切れそうなら「切れそうだよ!」って一声かけて欲しい。知らんでるまに切れてるの知らなくて独り言しゃべってたときの無常感ったらない。ついでにWiMAXも電池切れたなら「切れたよ!」って一声かけて欲しい。100歩譲って「ピ」ぐらいゆえ!っていう意味の「ピ」です。クスコは美しい街でした。さようなら、さようなら。。。




